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チェンソーマンの「最終回」は2つあります。2020年12月に終わった第一部と、2026年3月に終わった第二部です。「ひどい」という声がどちらに向いているのかを切り分けるところから、この記事を始めました。
チェンソーマンには最終回が2つあります。 第一部は2020年12月の第97話で、第二部は2026年3月25日の第232話で完結しました。
第二部の最終回では、ポチタが自分自身を食べたことで「チェンソーマン」という存在が消えた世界が描かれます。デンジは第1話と同じ暮らしに戻っていました。
「ひどい」と言われている中心は、この第二部の結末です。第一部の最終回への評価とは分けて読む必要があります。
- 全24巻
2026年6月に最終巻が発売 - 第232話
第二部は2026年3月に完結 - 3つ
「ひどい」の論点|決着のつけ方ほか
第一部と第二部それぞれの最終回のネタバレ、その後の描写、「ひどい」と言われる3つの理由、打ち切り説の真偽、アニメがどこまで描いたか。この順で追います。
※この記事には『チェンソーマン』原作漫画(全24巻)第一部・第二部の結末に関する重大なネタバレが含まれます。会話に登場する全巻くんはこの記事の案内役のキャラクターで、発言は創作です。

調べはじめてすぐ困ったのが、『最終回』と呼ばれているものが2つあることでした。
第一部と第二部で、掲載誌も終わった年も違うんですね。
まず、その2つがどう違うのか教えてもらえますか。

ここを取り違えると、話が最後までかみ合わないんだ。
第一部は2020年に週刊少年ジャンプで、第二部は2026年に少年ジャンプ+で終わっているよ。
「ひどい」と言われているのは第二部のほう。まずそこを分けて見ていこう。

アニメから入って、1期で止まっている人も多いと思う。
TVアニメ第1期の全12話は、原作5巻の第38話の終盤までなんだ。この記事で扱う第一部の結末は、その先にあるよ。
Prime Videoは30日間の無料体験があって、そのあとは月600円(2026年9月時点)。
まず無料体験に登録して、その場で第1話だけ見てみて。そこまでは無料で終わるよ。
- チェンソーマンの最終回はこう終わった|ポチタが「チェンソーマン」を消した世界
- チェンソーマンは全何巻で完結した?全24巻と、掲載誌が変わった第一部・第二部
- 第一部・第二部の最終回のネタバレ|結末のあらすじ
- チェンソーマンのその後は?後日談とラストシーンの意味
- チェンソーマンの最終回で死亡した主要キャラ
- チェンソーマンの最終回が「ひどい」と言われる3つの理由
- チェンソーマンは打ち切りだった?誤解・デマを検証
- 第一部の最終回と第二部の最終回はどう違う?
- チェンソーマンのアニメはどこまで描いた?結末まで映像化される?
- 「ひどい」だけじゃない|第1話へ回帰する結末はこう読まれている
- チェンソーマンは今から読む価値がある?第一部と第二部で分かれる向き不向き
- よくある質問
- まとめ|チェンソーマンの最終回と結末【全24巻】
- 調査メモ
- 参考資料
チェンソーマンの最終回はこう終わった|ポチタが「チェンソーマン」を消した世界
第一部と第二部では、結末の手ざわりがかなり違います。まずはそれぞれがどう決着したのかと、批判がどちらに向いているのかを押さえます。
- 第一部は第97話でデンジとマキマの関係に決着がつき、デンジが新しい家族を得るところで終わる
- 第二部は第232話で「チェンソーマン」という存在そのものが消えた世界が描かれて終わる
- 「ひどい」と言われているのは主に第二部の結末で、第一部への評価とは分かれている
「ひどい」という言葉が目立つようになったのは、第二部が完結した2026年3月以降のように見えます。時期から見て、この評判の中心は第二部の結末に向いています。
批判の中心にあるのは、物語の決着のつけ方です。リアルサウンドは2026年4月3日の記事で、物語が「放り投げたように見える」という受け取られ方があったと書いています。
一方で、同じ記事は藤本タツキが自分の描きたい漫画を貫いたことを、作家として誠実な態度だと評価してもいます。賛否は同じ場面をめぐって分かれています。
ここで気をつけたいのが、批判の対象がどちらの最終回なのかという点です。第一部の第97話は完結から5年以上が経っており、議論の構図も出そろっています。
見分け方は簡単で、話数と掲載誌を見ればわかります。第97話までが週刊少年ジャンプの第一部、第98話から第232話までが少年ジャンプ+の第二部です。

調べていると、「ひどい」という言葉が第二部の完結後に急に増えた印象がありました。
検索している人は、どちらの最終回を見に来ているんですか。

完結の直後に増えたなら、まず第二部の話だと考えていいと思うよ。
第一部のころから、マキマの扱いには賛否があったんだけどね。
同じ「ひどい」でも指すものが違うことがあるから、いつ書かれた言葉かを見てみて。
チェンソーマンは全何巻で完結した?全24巻と、掲載誌が変わった第一部・第二部
作者は藤本タツキ。第一部は週刊少年ジャンプ、第二部は少年ジャンプ+と、掲載誌が途中で変わっています。
全24巻・第232話で完結しました。打ち切りを示す発表は確認できませんでした。詳しくは後の誤解検証の章で扱います。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 掲載誌(第一部) | 週刊少年ジャンプ(集英社) |
| 掲載誌(第二部) | 少年ジャンプ+(集英社) |
| 連載期間 | 2018年12月〜2026年3月 |
| 全巻数 | 全24巻 |
| 最終話(第一部) | 第97話「愛・ラブ・チェンソー」 |
| 最終話(第二部) | 第232話「ありがとうチェンソーマン」 |
| 完結日(第二部) | 2026年3月25日 |
| 作者 | 藤本タツキ |
巻数で迷いやすいのが、第一部と第二部の切れ目です。単行本は通し番号で、第一部が1巻から11巻、第二部が12巻から24巻にあたります。
第一部の最終巻である11巻は2021年3月4日に発売されました。第二部の最終巻である24巻は2026年6月4日発売です。
つまり「11巻で完結した」という言い方も「24巻で完結した」という言い方も、どちらが指す範囲かによっては正しくなります。
いま読むなら、通し番号の1巻から24巻をそろえれば全編がそろいます。第一部にはデジタル着色のカラー版もあり、こちらは2026年8月時点で11巻までが刊行されています。

読者としては、そろえる前に分量も気になるところです。
全24巻を今から読むとして、どのくらいの時間がかかるものですか。

全24巻で232話だから、少年漫画としては長すぎない分量だよ。
しかも第一部は11巻でひと区切りになっているんだ。区切りがはっきりしているのは、読み手にはありがたいところだね。
迷ったら11巻まで読んで、そこで続けるか決めてもいいと思うよ。
第一部・第二部の最終回のネタバレ|結末のあらすじ
ここからは結末の中身に入ります。第一部の決着、第二部の決着、最終話が描いたものの順に見ていきます。
- 第一部の結末|デンジとマキマの決着
- 第二部の結末|戦争の悪魔との決戦と消えていく世界
- 最終話「ありがとうチェンソーマン」が描いたもの
この順に追うと、2つの最終回がどこでつながっているのかが見えてきます。
第一部の結末|デンジとマキマの決着
第一部の終盤は、11巻に収録された第89話から第97話までです。集英社の紹介文は、この巻を「残酷で無慈悲なマキマの支配が、デンジを追い詰める」と書き出しています。
大切なものを次々に失ったデンジが、最後にマキマとの対決へ向かう流れです。同じ紹介文は「血みどろの荒野で殺し合い」「衝撃の結末が炸裂する」と続けています。
決着の形は、力比べではありませんでした。ciatrは、デンジがマキマを食べることで決着がついたと解説しています。第96話のタイトルは「こんな味」です。
そして最終話にあたる第97話が「愛・ラブ・チェンソー」です。ciatrによれば、デンジはマキマの生まれ変わりにあたる少女ナユタと、新しい家族として暮らしはじめます。
第一部は、デンジがひとりぼっちの状態から抜け出すところで終わります。この後味の良さが、第二部の結末と比べられる理由にもなりました。
第二部の結末|戦争の悪魔との決戦と消えていく世界
第二部の最終巻である24巻には、第223話から第232話までが収録されています。集英社の紹介文は、この巻を「”鎧”姿で戦争の悪魔と対峙するチェンソーマン」と書き出しています。
同じ紹介文には「次々と概念が消滅しめちゃくちゃになった世界」という表現もあります。決戦の中で、世界そのものが崩れていく展開です。
第二部の主人公である三鷹アサは、戦争の悪魔ヨルと体を共有していました。デンジはヨルに対し、アサに体を返すよう迫ります。
24巻の紹介文は、その先を「剥き出しになるヨルとアサ、そしてデンジの想い」「ポチタと一緒に夢見た『幸せ』は果たして」と結んでいます。
つまり第二部の最終盤は、戦いの勝ち負けではなく、デンジが何を望んでいたのかに焦点が移っていきます。その答えが最終話です。
最終話「ありがとうチェンソーマン」が描いたもの
最終話は第232話「ありがとうチェンソーマン」。少年ジャンプ+で2026年3月25日に配信されました。話数とタイトルは公式ページで確認できます。
リアルサウンドの記事によれば、この回ではポチタが自分自身を食べることで、「チェンソーマン」という概念が消滅した新しい世界が描かれます。
その世界でデンジは、第1話と同じ極貧の暮らしに戻っています。チェンソーマンにはならず、パワーと契約してデビルハンターになるという筋書きです。
消えたのは「チェンソーマン」という存在であって、デンジが死んだわけではありません。ここは誤解されやすいところです。
ひとつ前の第231話のタイトルが「さよならポチタ」であることからも、最終盤の中心がポチタとの別れに置かれていたことがうかがえます。

ここまで聞くと、結末の景色が少し見えてきました。
最終回でいちばん印象に残るのは、どの場面ですか。

わたしはやっぱり、デンジがもう一度あの部屋で目を覚ますところだね。
第1話と同じ景色なのに、読み手の側だけが232話ぶんの記憶を持っているんだ。
あの落差をどう受け取るかで、この最終回の評価はまるごと変わると思うよ。
チェンソーマンのその後は?後日談とラストシーンの意味
「その後」は、どちらの最終回の話かで答えが変わります。第一部のその後は、そのまま第二部(12巻以降)として描かれました。
一方で第二部の最終回そのものが、世界が作り替わった「その後」を描いています。そのため、第232話より先の後日談という形にはなっていません。
| キャラ・要素 | 本編での描写 | 番外編・続編での描写 |
|---|---|---|
| デンジ | 第232話で、チェンソーマンではない暮らしに戻っている | 2026年8月時点で描かれていません |
| パワー | 第232話で、デンジと契約する場面が描かれる | 2026年8月時点で描かれていません |
| 三鷹アサ・ヨル | 24巻の紹介文では「剥き出しになるヨルとアサ」と書かれている | 2026年8月時点で描かれていません |
| ポチタ | 第231話「さよならポチタ」で別れが描かれる | 2026年8月時点で描かれていません |
表のとおり、最終話の後を描いた読切や番外編は、2026年8月時点では確認できませんでした。
作中で明示された範囲は、デンジが新しい世界で生きているというところまでです。その世界が元の世界と地続きなのかどうかは、はっきりとは説明されていません。
デンジの中に前の世界の記憶が残っているのかどうかも、明確には示されていません。残っていると読むことも、残っていないと読むこともできる描き方です。
続編にあたる第三部についても、2026年8月時点で公式の発表は確認できませんでした。新しい発表が確認できたら、この記事にも反映します。

読者としては、ここが気になって仕方ないところだと思います。
その後が描かれていないと、落ち着かないのではないでしょうか。

うん、その気持ちはよくわかるよ。ただこの作品は、最初から説明を絞る描き方をしてきたんだ。
最終回で急に説明が減ったわけではなくて、ずっとその調子だったとも言えるんだよ。
足りない部分を読者が埋める余白として置かれた、という読み方もできると思う。
チェンソーマンの最終回で死亡した主要キャラ
第一部の最終章と第二部の最終章では、それぞれ生死が確定したキャラがいます。ここでは最終盤に限って整理します。
| キャラ名 | 生死 | どちらの最終回か | 巻・話数 | 経緯 |
|---|---|---|---|---|
| パワー | 死亡 | 第一部 | 11巻 第91話 | デンジに血を与えて姿を消す |
| マキマ | 死亡 | 第一部 | 11巻 第96話 | デンジに食べられて決着がつく |
| ポチタ | 消滅 | 第二部 | 24巻 第231〜232話 | 自分自身を食べ「チェンソーマン」が消える |
| デンジ | 生存 | 第二部 | 24巻 第232話 | 作り替わった世界で生きている |
第一部でパワーは11巻の第90話でいったん血の悪魔として戻り、続く第91話でデンジに血を与えて消えます。「死亡だけ」でも「復活だけ」でもない描かれ方です。
マキマについては、11巻第96話のタイトル「こんな味」がそのまま決着の形を表しています。ただし第一部の最後には、マキマの生まれ変わりにあたるナユタが登場します。
第二部の主人公である三鷹アサについては、24巻の紹介文に名前が出ており、最終盤まで物語に関わり続けたことがわかります。死亡が明示された記述は確認が取れませんでした。
第一部でデンジが引き取ったナユタは、最終章の手前で退場します。20巻の紹介文に「ナユタの死」と明記されており、この退場が第二部の終盤を動かします。
全巻を通した死亡キャラの一覧は、専用の記事にまとめています。誰がいつ退場したのかを巻数つきで追いたい方はこちらをどうぞ。

そこが引っかかっていて、資料によって生死の書き方が違うキャラもいました。
生死があいまいに描かれたキャラもいたのですか。

いるよ。この作品は、退場の瞬間をあえて描かないことがあるんだ。
だから資料によって「死亡」と書かれていたり「生死不明」と書かれていたりする人がいるんだよ。
気になるキャラは、その場面のあとのページに姿があるかどうかで見るのが確実だね。
早川アキの生死とその後の経緯は、巻数・話数つきで単体の記事に詳しくまとめています。
チェンソーマンの最終回が「ひどい」と言われる3つの理由
批判はひとつの理由にまとまっているわけではありません。大きく3つの方向に分かれています。
| 批判されるポイント | 主な内容 | 評価の対象 |
|---|---|---|
| 決着のつけ方 | 物語が途中で手を離したように見える | 第二部の最終盤 |
| 話の難しさ | 観念的で、何が起きたのか追いにくい | 第二部の後半全体 |
| 第一部との落差 | 第一部の勢いを期待していた読者との距離 | 第一部と第二部の比較 |
ここからは、それぞれがどういう指摘なのかを順に見ていきます。どの批判にも、別の見方が成り立つ余地があります。
決着のつけ方が「放り投げた」ように見える
リアルサウンドの2026年4月3日の記事は、最終回について物語が「放り投げたように見える」という受け取られ方があったと書いています。
長く積み上げてきた対立や関係が、勝敗という形で決着しないまま世界が作り替えられる。その運びが唐突に感じられた、という指摘です。
ただし24巻の紹介文を読むと、最終盤の焦点は戦いの結果ではなく「ポチタと一緒に夢見た『幸せ』」に置かれていたことがわかります。
つまり作品の側は、勝ち負けで終わらせないことを最初から選んでいたとも読めます。期待していた終わり方と、実際の終わり方がずれた形です。
この種のずれは、作品の出来とは別の話として整理できます。批判の多くは「つまらない」ではなく「そう来るとは思わなかった」に近いように見えます。
観念的で難しくなったという指摘
同じリアルサウンドの記事は、第二部について「観念的で難解な作品になってしまった」と分析しています。
第二部では、三鷹アサとヨルが体を共有するという設定を軸に、心の動きを追う場面が増えました。第一部のような分かりやすい戦いの構図とは違います。
さらに終盤では、概念そのものを扱う存在が現れます。20巻の紹介文には「老いの悪魔」の名前があり、24巻の紹介文にも「次々と概念が消滅」とあります。
こうした運びは、一読しただけでは筋を追いにくくなります。「意味がわからない」という感想が出るのは自然なことだと考えられます。
一方で、読み返すことを前提にした作りとして評価する声もあります。難しさをそのまま欠点と見るかどうかで、評価は分かれています。
第一部を期待した読者との距離
第一部は週刊少年ジャンプで連載され、TVアニメ化と劇場版でも広く知られました。そこから入った読者にとって、第二部は別物に見えたという声があります。
掲載誌が少年ジャンプ+に変わり、主人公も三鷹アサに移りました。デンジは高校生として日常の側に置かれ、戦いの比重も変わっています。
第一部と第二部は、同じ作品でありながら読み口がかなり違います。この差を前提にしないと、第二部の最終回は物足りなく感じられます。
第一部の勢いをもう一度求めていた読者ほど、落差を強く受け取ったと考えられます。批判の一部はこの期待のずれから来ています。
第二部が始まったのは2022年7月13日で、第一部の完結からおよそ1年7か月が空いています。さらに連載中の2022年10月にはTVアニメの放送が始まり、2025年9月には劇場版が公開され、入口は増え続けました。
新しく入ってきた読者と、第一部から追っていた読者とでは、期待していたものが違います。同じ最終回でも受け取り方が分かれたのは、そのためだとも考えられます。
結末の考察はどこで分かれる?3つの論点
作中で明示されなかった要素がいくつか残りました。ここが解釈の分かれ目になっています。
最大の論点は、最終話の世界が何なのかという点です。作り直された世界なのか、もともとあり得た別の世界なのかは説明されていません。
ふたつめは、デンジに前の世界の記憶が残っているかどうかです。残っていると読むかどうかで最終話の印象が変わりますが、作中に明言はありません。
みっつめは、ポチタが自分を食べた行為をどう受け取るかです。デンジのための選択と読むこともできますし、約束を果たした結果と読むこともできます。
いずれも作中に明確な結論は置かれていないため、解釈が分かれるのは自然なことだと考えられます。どれかひとつが正解というものではありません。

読者としては、批判の強さのほうが気になっていました。
批判している人も、作品自体は好きだったということですか。

批判の言葉にも、「期待していたから」という前置きがよく添えられているように見えるね。
興味がなければ、最終回の解釈をあれこれ考えたりしないと思うんだよ。
熱量の裏返しとして出ている言葉も、混ざっているんじゃないかな。
チェンソーマンは打ち切りだった?誤解・デマを検証
完結の直後には、事実と違う説もいくつか広がりました。よく見かけるものを事実と突き合わせます。
| よくある説 | 実際 |
|---|---|
| 第二部は打ち切りだった | 打ち切りを示す編集部・作者の公表は確認できていません |
| 第三部の連載がもう決まっている | 2026年8月時点で公式の発表は見つけられませんでした |
| 第一部で完結していて第二部は後付け | 第二部の連載は2022年7月13日に始まったと報じられています。完結時点で続きが決まっていたかは確認が取れませんでした |
| 最終回でデンジが死亡した | 消えたのは「チェンソーマン」という存在で、デンジは新しい世界で生きています |
打ち切り説が出た理由は、結末の運びが急に見えたことにあると考えられます。ただし、それは受け取り方の話であって、打ち切りの根拠にはなりません。
電ファミニコゲーマーは、第二部が3月25日配信の第232話で最終回を迎えたと報じています。完結を記念した無料公開キャンペーンも、2026年4月8日まで実施されました。
最終巻となる24巻の発売も、完結の告知と同時に6月4日と案内されていました。急な終了に伴う対応というより、あらかじめ組まれた完結だったと読むのが自然です。
広がりやすいのが、デンジが死んだという受け取り方です。最終回で消えたのは「チェンソーマン」という存在のほうで、デンジ自身は新しい世界で目を覚まします。
打ち切りを示す公表は確認できず、第232話は最終回として報じられています。この2点は押さえておいてよいと思います。

確認できなかったんですが、見分けの基準も知っておきたいです。
打ち切りかどうかは、どこを見れば見分けられますか。

まずは公式の告知だね。最終回として案内されているか、記念の企画が組まれているか。
それから最終巻の発売日が完結と同時に出ているかどうかも手がかりになるよ。
急な終了だと、こうした準備までは間に合わないことが多い、と言われているね。
第一部の最終回と第二部の最終回はどう違う?
※この章には、第一部・第二部の両方の結末に関する重大なネタバレが含まれます。
同じ作品でも、2つの最終回は方向が違います。第一部は2020年12月に、第二部は2026年3月25日に完結しました。
| 項目 | 第一部(公安編) | 第二部(学園編) |
|---|---|---|
| 最終話 | 第97話「愛・ラブ・チェンソー」 | 第232話「ありがとうチェンソーマン」 |
| 最終決戦 | デンジとマキマの決着 | 戦争の悪魔との決戦 |
| 結末の軸 | デンジが新しい家族を得る | 「チェンソーマン」という存在が消える |
| デンジに残ったもの | ナユタという家族 | 何も持たない第1話と同じ暮らし |
| 批判の中心 | マキマの扱いをめぐる賛否 | 決着のつけ方と話の難しさ |
| 読後の印象 | ひとりぼっちから抜け出す | 手にしたものを返して終わる |
いちばん大きな違いは、終わったあとにデンジの手元に何が残ったかです。第一部では、ナユタという新しい家族が残りました。
第二部では逆に、チェンソーマンという肩書きも、ポチタとの日々も手を離れます。残ったのは、第1話と同じ何も持たない暮らしです。
第一部が「得て終わる」話だとすれば、第二部は「返して終わる」話だと言えます。この違いが、読後の印象を大きく分けています。
なお、第一部の最終回にも当時から議論はありました。マキマの扱いをめぐる感想は今も分かれており、こちらも全員が高く評価しているわけではありません。

表にして並べてみて、あらためて驚きました。
2つの最終回を比べると、印象がずいぶん違いますね。

うん、同じ作者の同じ作品とは思えないくらいだよね。
ただ、どちらも「デンジが何を望んでいたか」を最後に置いている点は共通しているんだ。
望みの中身が変わっただけ、という見方もできると思うよ。
チェンソーマンのアニメはどこまで描いた?結末まで映像化される?
アニメから入った方には、どこまでが映像化されているかが気になるところだと思います。原作の範囲を整理します。
| 媒体 | ベース | 公開・放送 | 結末の見通し |
|---|---|---|---|
| 原作漫画 | 第一部・第二部 | 全24巻・第232話で完結 | 第232話が最終回 |
| TVアニメ第1期 | 原作5巻 第38話の終盤まで | 2022年10月開始 | 第一部の途中まで |
| 劇場版 レゼ篇 | 原作6巻 第52話まで | 2025年9月19日公開 | 第一部の途中まで |
| TVアニメ 刺客篇 | 未公表 | 制作決定 | 未公表 |
TVアニメ第1期はMAPPAが制作し、2022年10月に放送が始まりました。ABEMA TIMESは、5巻第38話の終盤までが映像化されたと書いています。
その続きにあたるのが劇場版『チェンソーマン レゼ篇』です。2025年9月19日に公開され、同じ記事によれば6巻最後の第52話までが描かれました。
さらに続くTVアニメ『チェンソーマン 刺客篇』は、2025年12月21日に開催されたジャンプフェスタ2026で制作決定が発表されています。
TVアニメ第1期は原作第5巻の第38話の終盤までを描いており、劇場版レゼ篇は第6巻の第52話までです。続きから読むなら、第53話からになります。
TVアニメ第1期の全12話は、Prime Videoのプライム会員特典で見られます。30日間の無料体験があり、そのあとは月600円です。劇場版レゼ篇はまだ配信されていません(いずれも2026年9月時点)。
※2026年8月時点の情報です。放送予定は今後も変わるため、最新情報は公式サイトで確認してください。

アニメから入った読者も多い作品だと思います。
その場合、どこから原作を読めばいいでしょうか。

劇場版まで見たなら、7巻の第53話からがちょうど続きになるよ。
ここから第一部の終盤に向かって一気に進んでいくから、区切りとしても悪くないんだ。
第一部を最後まで読んでから、第二部に入るかどうか決めてもいいと思うよ。
「ひどい」だけじゃない|第1話へ回帰する結末はこう読まれている
「ひどい」で検索すると否定的な意見ばかりが並びます。ただし同じ場面が、逆の理由で評価されてもいます。
| 論点 | 「ひどい」と感じた理由 | 「面白い」と感じた理由 |
|---|---|---|
| 決着のつけ方 | 物語を途中で手放したように見える | 勝ち負けで終わらせない選択を貫いた |
| 話の難しさ | 一読では筋を追いにくい | 読み返すたびに見え方が変わる |
| 第1話への回帰 | 積み上げが無かったことになる | 232話かけて原点に戻る構成になっている |
争点はいずれも同じ結末をめぐるものです。同じ描写を、期待していた形と違うと見るか、意図された選択と見るかで評価が反転しています。
リアルサウンドの記事は、藤本タツキが自分の描きたい漫画を貫いたことについて、作家としてとても誠実な態度だと評価しています。
肯定的な評価でよく挙がるのが、最終話が第1話とほぼ同じ景色から始まる構成です。232話ぶんの記憶を持っているのは読者だけ、という作りになっています。
第231話「さよならポチタ」から第232話「ありがとうチェンソーマン」という2話のタイトルの並びも、別れと感謝で締める意図が読み取れるものになっています。

同じ場面が正反対に受け取られているのが印象的でした。
賛否がここまできれいに分かれるのは、めずらしいことですか。

読者に解釈をゆだねる終わり方をした作品では、よく起きることだね。
答えが置かれていないぶん、読み手が自分の答えを持つことになるんだ。
だから感想が割れるというより、感想の種類が増える、に近いのかもしれないよ。
チェンソーマンは今から読む価値がある?第一部と第二部で分かれる向き不向き
結論から言えば、第一部と第二部で向き不向きが分かれます。全24巻をまとめて評価しないほうが判断しやすいと思います。
| 向いている人 | 向いていない人 |
|---|---|
| 展開の読めない漫画を読みたい人 | 結末にはっきりした答えがほしい人 |
| アニメや劇場版の続きが気になっている人 | 明るい読後感を求めている人 |
| 解釈を考えるのが好きな人 | 暴力描写が苦手な人 |
すでに第一部を読み終えている方には、第二部は「別の作品として読む」ことをおすすめします。同じ手ざわりを期待すると、ずれが大きくなります。
第二部を途中まで追っていて止まっている方は、24巻まで通しで読み直すほうが筋を追いやすくなります。連載を待ちながら読むには、間の空きが大きい作りでした。
まだ一冊も読んでいない方は、まず11巻までを一区切りとして読むのが分かりやすいと思います。ここまでで第一部が完結します。
判断の目安になるのは11巻です。ここで満足できたなら第二部へ、物足りなければそこで区切っても、話としては成立します。

そこが引っかかっていて、少し言いにくいのですが。
途中でやめてもいい漫画、という言い方は失礼にならないでしょうか。

わたしはむしろ親切な作りだと思っているよ。第一部が11巻でひと区切りついているからね。
全部読まないと意味がわからない作品より、区切りがあるほうが手を出しやすいよね。
続きが気になったら12巻に進めばいいだけの話なんだ。
よくある質問
作中のセリフは、どの巻・どの話の言葉かを添えて名言の記事にまとめています。

まとめ|チェンソーマンの最終回と結末【全24巻】
チェンソーマンは全24巻・第232話で完結し、最終回では「チェンソーマン」という存在そのものが消えた世界が描かれました。デンジは第1話と同じ暮らしに戻っています。
「ひどい」と言われているのは主に第二部の結末です。第一部の第97話は5年以上前に完結しており、評価の文脈が違います。
批判の中心は、決着のつけ方が唐突に見えたことと、第二部後半が観念的で追いにくかったことです。どちらも作品の出来より、期待との差から出た言葉に近いように見えます。
打ち切りを示す公表は確認できていません。アニメは第一部の途中までが映像化されており、続きは7巻の第53話からです。
賛否のどちらも、自然な受け取り方だと思います。評判だけで決めてしまうには、区切りのはっきりした作品です。

最後に、この記事を読んでくれた方への言葉をもらえますか。
読むかどうか迷っている方には、どう伝えるのがいいでしょうか。

まず11巻まで、と伝えるのがいちばん親切だと思うよ。そこまでで一度きれいに終わるからね。
そのうえで気になったら、12巻からの第二部に進めばいいんだ。
最終回の評判は、自分で11巻まで読んでから確かめても遅くないよ。
調査メモ
いちばん迷ったのは、「最終回」という言葉をどちらの意味で使うかでした。第一部と第二部で完結時期も掲載誌も違うのに、検索の言葉はひとつしかありません。
結局、章ごとにどちらの話かを書き添える形にしました。読みにくくなった箇所もありますが、取り違えを招くよりはいいと判断しています。
第二部の終盤については、個人ブログごとに書いてある内容が食い違っていました。誰が最後に現れたかという場面ですら、記述が割れています。
そこで本記事では、少年ジャンプ+の公式ページ、集英社の単行本紹介文、リアルサウンドの記事で確認できた範囲だけを書きました。確認できなかった細部は、あえて空けたままにしています。
打ち切りについても、示す公表は見つかりませんでした。結末の運びが急に見えることと、打ち切りであることは別の話です。ここは慎重に分けたつもりです。
参考資料
- 少年ジャンプ+「[第232話]チェンソーマン 第二部」※第二部の最終話数・サブタイトル・配信日の根拠
- 少年ジャンプ+「[第231話]チェンソーマン 第二部」※第231話のサブタイトル「さよならポチタ」の根拠
- コミックナタリー「「チェンソーマン」第二部完結、最終24巻は6月4日発売」※完結日・最終巻の発売日・無料公開キャンペーンの根拠
- 電ファミニコゲーマー「『チェンソーマン』第二部が完結。「少年ジャンプ+」にて3月25日配信の第232話で最終回を迎える。完結を記念した無料公開キャンペーンも4月8日まで実施中」※連載期間・最終回の報道・無料公開キャンペーン・TVアニメ放送開始時期の根拠
- リアルサウンド「『チェンソーマン』最終回、なぜ賛否両論に? 第2部ににじみ出た、藤本タツキの困惑」※最終回の内容と賛否の論点の根拠
- 集英社コミック公式 S-MANGA「チェンソーマン 24/藤本 タツキ」※24巻の発売日と紹介文の根拠
- 集英社「チェンソーマン 20/藤本 タツキ」※20巻の紹介文にある「ナユタの死」「老いの悪魔」の根拠
- 集英社コミック公式 S-MANGA「チェンソーマン カラー版 11/藤本タツキ」※第89話から第97話までの収録話とサブタイトルの根拠
- 集英社コミック公式 S-MANGA「チェンソーマン 11/藤本 タツキ」※11巻の紹介文の根拠
- ciatr「『チェンソーマン』死亡キャラ一覧と最期のシーンまとめ!生存キャラの紹介も【最終版】」※第一部の決着とナユタの説明の根拠
- アニメイトタイムズ「劇場版『チェンソーマン レゼ篇』公開後ビジュアル解禁!興行収入35.8億円突破」※劇場版の公開日 2025年9月19日 の根拠
- ABEMA TIMES「アニメ・映画「チェンソーマン」は原作のどこまで?配信で見られる?」※TVアニメ第1期と劇場版レゼ篇が描いた原作範囲の根拠
- 集英社の本 公式「TVアニメ「チェンソーマン 刺客篇」制作決定!」※刺客篇の制作決定の根拠




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