デビルマンの最終回|アーマゲドンで果てた不動明と「ひどい」の中身

デビルマンの最終回|アーマゲドンで果てた不動明と「ひどい」の中身 最終回

「デビルマンの最終回」は、漫画版とテレビアニメ版で中身がまるで違います。片方ではヒロインが死に人類が滅び、もう片方ではどちらも起きません。「ひどい」がどちらに向いた言葉なのか、そこを確かめるところから始めました。

この記事の結論

デビルマンの漫画版の最終回は、人類が滅んだあとの最終決戦アーマゲドンで不動明が息絶え、正体がサタンだった飛鳥了がその傍らで涙を流すところで幕を閉じます。 主人公もヒロインも人類も残らない結末が、「ひどい」と言われる中心です。

批判の多くは、漫画版の終盤に向けられています。ヒロインの牧村美樹が暴徒に殺される場面と、その先の展開に集中しています。

一方で、同じ時期に放送されたテレビアニメ版の最終回はまったく違います。ヒロインは死なず、人類も滅びません。どちらを見たかで、「デビルマンの最終回」という言葉の中身が入れ替わります。

「ひどい」の中身も一つではありません。残酷さを言う人、救いの無さを言う人、終盤の速さを言う人が、同じ言葉で並んでいます。

  • 全53話
    1973年6月に連載終了
  • 全5巻
    講談社漫画文庫版の巻数
  • 4つ
    「ひどい」の論点|ヒロインの最期ほか

漫画版・全53話の結末のあらすじ、その後に描かれた続編、「ひどい」と言われる4つの理由、打ち切り説の検証。順番はこの通りです。

※この記事には『デビルマン』の漫画版・テレビアニメ版・実写映画版・『DEVILMAN crybaby』の結末に関する重大なネタバレが含まれます。会話に登場する全巻くんはこの記事の案内役のキャラクターで、発言は創作です。

シラベエ
シラベエ

デビルマンの最終回は、どうやら二種類あるらしいと知って混乱しました。

検索している人の多くも、たぶん同じところで止まっていると思うんです。

何と何が違うのかから教えてください。

全巻くん
全巻くん

漫画とテレビアニメは、原作と映像化という関係じゃないんだ。

同じ設定から出発した、別の二本立てだと思ってほしい。

だから最終回も、まるきり別のものになっている。

デビルマンの最終回はこう終わった|サタンだった飛鳥了の涙

漫画版の最終回は、勝敗が決まって世界が元に戻る形では終わりません。戦いのあとに残ったものを見せて、そのまま幕が下ります。

この記事の結論
  • 漫画版の最終回は、人類が滅んだあとのアーマゲドンで不動明が息絶え、正体がサタンだった飛鳥了が涙を流すところで終わる
  • 「ひどい」と言われる中心は、ヒロインの牧村美樹が暴徒に殺される場面と、そこから救いなく進む終盤の展開
  • テレビアニメ版の最終回はまったく別で、ヒロインも人類も失われない

「ひどい」という言葉が向けられている先は、作品全体ではありません。終盤、悪魔狩りが始まってから最後までの展開に集中しています。

この部分は、それまでのデーモンとの一対一の戦いとは手ざわりが変わります。敵が人間になり、主人公が守ろうとしたものが、主人公を恐れて襲ってくる展開に切り替わるためです。

ここで取り違えが起きます。「デビルマンの最終回」と言ったとき、テレビアニメ版を指す人と漫画版を指す人がいて、話がかみ合わなくなるのです。

見分ける手がかりは飛鳥了です。了が出てくる話をしているなら漫画版、出てこないならテレビアニメ版だと考えて、ほぼ間違いありません。

シラベエ
シラベエ

同じ名前なのに中身が違うというのは、読者にとってやっかいですね。

当時この二つを両方追っていた人は、混乱しなかったんでしょうか。

全巻くん
全巻くん

戸惑った人はいたと思うよ。テレビは一話完結のヒーローもので、雑誌のほうはホラーとして進んでいたから。

半世紀たったいまも、その落差そのものが語り草になっているんだ。

ここを分けて考えるだけで、話はずいぶん整理されるよ。

デビルマンは全何巻で完結した?全53話・1年で終わった連載

漫画版『デビルマン』は、講談社の『週刊少年マガジン』で連載されました。ウィキペディア日本語版によれば、1972年25号(6月11日号)から1973年27号(6月24日号)までの連載です。

全53話で完結しました。打ち切りだったのかどうかは後の章で検証しますが、編集部や作者が打ち切りを公表した記録は、本記事では確認できませんでした。

項目内容
掲載誌週刊少年マガジン(講談社)
連載期間1972年6月〜1973年6月
話数全53話
巻数講談社漫画文庫版は全5巻
作者永井豪(ダイナミックプロ)
出発点永井豪の自作『魔王ダンテ』をベースにした設定

巻数は、どの版で読むかによって変わります。講談社の商品ページには、漫画文庫版の全5巻と並んで、2012年7月6日発売の『改訂版デビルマン(4)<完>』も掲載されています。「全何巻」を調べるときは、版の名前とセットで確認してください。

いま新品で手に入りやすいのは講談社漫画文庫版です。第1巻は1997年4月3日発売の263ページ、第5巻は1997年6月4日発売の278ページで、5冊で本編を読み切れます。

なお本記事では、「何巻の第何話」という形の書き方をしていません。 講談社の商品ページに収録話の目次が載っておらず、巻と話の対応を確認できなかったためです。最終話のサブタイトルも同じ理由で載せていません。

シラベエ
シラベエ

5冊というのは、いまの長期連載に比べるとかなり短いですね。

この分量で人類の滅亡までいくというのが、正直うまく想像できません。

全巻くん
全巻くん

そこがこの作品の異様なところなんだ。ホラーとして始まった話が、連載が進むほど世界規模へ広がっていく。

後半で一気に折り返して、話の大きさが別物になるんだ。

5冊しかないのに、読み終えたあとの重さは長編級だよ。

漫画版デビルマン 最終回のネタバレ|結末のあらすじ

ここからが結末の中身です。物語は大きく三つの段を踏んで終わりへ向かいます。

この章で追う3つの場面
  • 飛鳥了の正体が明かされ、明が了をサタンだと悟るまで
  • 牧村家が襲われ、美樹が命を落とすまで
  • 20年後のアーマゲドンと、最後の場面

この順に見ていけば、なぜ「ひどい」という言葉が出てくるのかまで含めて、結末の全体像がつかめます。

飛鳥了の正体|「飛鳥了」という少年はすでに死んでいた

きっかけは、了自身が抱いた違和感でした。事態が自分の想定どおりに進みすぎることを不審に思い、了は自宅へ戻ります。

そこで了が知るのは、父がデーモンの研究などしていなかったこと、そして飛鳥了という少年はすでに交通事故で死んでいたことでした。自分が何者なのかという土台が、ここで崩れます。

混乱する了のもとに、デーモンの一人であるサイコジェニーが現れ、「お迎えに参りました!」と告げます。ウィキペディア日本語版は、この場面をそう記しています。

その後、了はテレビに出て、明がデーモンと合体した瞬間の映像を公開します。無数の悪魔が人間になりすましているので殺せ、と人々を扇動する内容でした。

正体が知られた明は、牧村家を出るほかなくなります。裏切りを問い詰めた明に、了は答えます。明とデーモンを合体させたのは人類を守らせるためではなく、次のデーモンの時代を共に生きたかったからだ、と。

この言葉で、明は了が大魔神サタンであることを悟ります。親友だと思っていた相手が、最初から敵の側の存在だったという構図が、ここで確定します。

牧村家の惨劇|牧村美樹の最後はどう描かれたのか

了の扇動を受けて、社会は悪魔狩りへ傾きます。ウィキペディア日本語版によれば、悪魔特捜隊による拷問で牧村夫妻が命を落とします。

そして牧村美樹も、暴徒と化した町の住人たちに惨殺されます。同じ記述には、五体をばらばらにされたこと、その後に明の手で頭部だけが埋葬されたことが記されています。

美樹の弟である牧村健作も、同じように暴徒に殺されます。愛称の「タレちゃん」で覚えている読者も多い人物です。

この場面の重さは、襲ってくるのがデーモンではないところにあります。明が守ろうとしてきた側の人間が、明を恐れて美樹を殺すという順序で描かれるためです。

牧村家の人々を失った明は、デビルマン軍団とともに、デーモン軍団との決戦へ向かいます。ここから物語は最終決戦へ進みます。

なお本記事では、この場面の描写をこれ以上細かくは書きません。何が起きたかを知るには十分で、それ以上は作品を読む体験のものだと考えたためです。

20年後のアーマゲドン|サタンの涙と天使の軍団

サタンの側にも事情がありました。ウィキペディア日本語版によれば、サタンは自らの記憶を消して人間になりきることで人間の弱点をつかみ、デーモンたちに作戦の材料を与えていたとされます。

ただ一つの誤算が、両性具有のサタンが明を愛したことでした。その結果、デーモンの敵となるデビルマンが生まれてしまったと説明されています。

物語はここで大きく時間を飛ばします。20年ののち、人類は滅亡し、デビルマン軍団とデーモン軍団の最終決戦アーマゲドンが始まります。

戦いが終わり、横たわる明の傍らでサタンが語ります。かつて創造主に滅ぼされようとしたデーモンの側について戦って勝ったこと、次の戦いのために永い眠りについたこと。

目覚めたときに人類が地球を荒らしていたので許せず、滅ぼそうと決めたこと。そしてそれは、神が行おうとした愚行と同じでしかなく、人類の滅亡に後悔があること。

話を終えたサタンは明に謝罪します。しかし半身を失った明は、すでに息を引き取っていました

サタンが静かに涙を流していたそのとき、「天使の軍団」がそこに迫っていました。物語は、この場面で終わります。謝罪は届かず、戦いにも決着がつかないまま幕が下ります。

シラベエ
シラベエ

謝ったときにはもう相手が死んでいる、というのはつらい終わり方ですね。

しかも、そこで終わってしまう。読んだ人はしばらく動けないんじゃないでしょうか。

全巻くん
全巻くん

わたしも最後のページで手が止まったよ。勝った負けたの話ですらないんだ。

誰も救われないまま、次の戦いの気配だけが残る。

ここが好きだという人と、ここが受け入れられないという人に、きれいに分かれる場所だね。

デビルマンのその後は?後日談とラストシーンの意味

最終回のラストで示されるのは、「天使の軍団」が迫っているという一点だけです。それが何をしに来たのかは、本編では説明されません

対象本編での描写続編・派生作での描写
不動明最終決戦で半身を失い死亡『デビルマンサーガ』は別の人物を主人公にした作品
飛鳥了(サタン)明の傍らで涙を流す。生存本編とつながる作品として『デビルマンレディー』が発表された
滅亡後の世界天使の軍団が迫るところで終わる『バイオレンスジャック』が世界の破滅後を舞台にする
天使の軍団目的は描かれない本記事では、目的を説明した一次資料を確認できなかった

本編そのものの後日談は描かれていません。ただし、その後の世界を扱った作品は存在します。ウィキペディア日本語版によれば、『バイオレンスジャック』は破滅後の世界を舞台にし、終盤で『デビルマン』の続編であることが明かされます。

『DEVILMAN crybaby』公式サイトの「系譜」ページにも、『バイオレンスジャック』『デビルマンレディー』『ネオデビルマン』『AMON デビルマン黙示録』が並んでいます。半世紀にわたって、同じ世界が書き継がれてきたことになります。

もっとも新しいのが『デビルマンサーガ』です。MANTANWEBによれば、小学館の『ビッグコミック』で2014年12月に始まり、2020年3月10日発売号で完結しました。単行本は全13巻です。

作者自身が制作の舞台裏を描いた『激マン! デビルマンの章』もあります。ただしこの作品は「ノンフィクションにきわめて近いフィクション」と銘打たれており、そのまま事実として引くことはできません

最終回の先が知りたいという読者にとって、いちばん近い答えは『バイオレンスジャック』です。ただし作風も主人公も違うので、続きというより地続きの別作品として読むほうが、落差が小さく済みます。

シラベエ
シラベエ

本編に後日談が無いのに、世界だけが別の作品へ続いているんですね。

続きを読みたい人は、どこから手を付けるのがいいんですか。

全巻くん
全巻くん

まっすぐ続きを求めるなら『バイオレンスジャック』だね。滅びたあとの世界の話だから。

ただ、あれはあれで別の物語として動いていく。

最終回の重さをそのまま受け止め直したいなら、いったん本編を読み返すほうが近いかもしれない。

デビルマンの最終回で死亡した主要キャラ

最終盤で生死が動いたのは、牧村家の人々と主人公です。ここでは終盤に絞って整理します。

人物生死描かれた場面経緯
牧村美樹死亡悪魔狩りの最中暴徒と化した町の住人たちに惨殺される。のちに明が頭部だけを埋葬
牧村健作(タレちゃん)死亡同上美樹と同じく暴徒に殺される
美樹の父死亡同上悪魔特捜隊により瀕死の重傷を負い、息を引き取る
美樹の母死亡同上悪魔特捜隊の拷問を受けて死亡
不動明死亡最終決戦アーマゲドン半身を失い、サタンの謝罪より前に息を引き取る
飛鳥了(サタン)生存最終ページ明の傍らで涙を流す

表の「描かれた場面」に巻数と話数を入れていないのは、巻と話の対応を確認できる資料に届かなかったためです。数字を推測で埋めるより、場面で示すほうが正確だと判断しました。

生死をめぐって取り違えが起きやすいのが、明とアモンの関係です。アモンは明が合体したデーモンで、明とは別の存在として描かれます。最終回で死ぬのは不動明です。

もう一つが、美樹の父母の名前です。ウィキペディア日本語版は牧村耕三・牧村亜樹子という名前を挙げていますが、これは小説版での名前とされています。漫画版の名前として扱うのは避けました。

なお、『DEVILMAN crybaby』に登場する「ミーコ」は漫画版には出てきません。映像版と漫画版の登場人物を混ぜると、誰が死んだのかが分からなくなります。

シラベエ
シラベエ

巻数や話数が書けなかったというのは、正直に言うと不安が残ります。

読者が確かめたいときは、どうすればいいでしょうか。

全巻くん
全巻くん

今回は場面で示すのが誠実だと思うよ。数字を当てずっぽうで書くほうがよほど危ない。

確かめたいなら、悪魔狩りが始まる場面から最後まで、続けて読むのがいちばん早い。

そこから先は、止まるところがない流れになっているんだ。

デビルマンの最終回が「ひどい」と言われる4つの理由

「ひどい」の一言に、性質の違う不満がまとめて入っています。分けて見ると、どこに反応しているのかが見えてきます。

批判されるポイント主な内容評価の対象
残酷さヒロインの殺され方が直接的に描かれる漫画版の終盤
救いの無さ人類が滅び、主人公も死んだまま終わる漫画版の結末
展開の速さ正体の種明かしから20年後の決戦まで一気に進む漫画版の終盤
決着の無さ天使の軍団が迫るところで幕が下りる漫画版の最終ページ

いずれも「読んでみたら聞いていた話と違った」という驚きが背景にあると見られます。4つとも向いている先は漫画版の終盤で、作品の前半に向けられたものではありません。

ここからは、それぞれの中身を順に見ていきます。どの声にも、逆の受け取り方が並んで存在することも一緒に見ていきます。

ヒロインの最期が残酷だという声

よく挙がるのが、牧村美樹が殺される場面です。少年誌の連載でここまで描くのか、という驚きが批判の形をとった、という受け止めが見られます。

痛みが強いのは、加害者がデーモンではないところです。明が守ろうとしてきた人たちが、明を恐れて美樹を襲います。倒すべき相手がいない暴力として描かれるため、後味が独特です。

一方で、この場面が作品の主題そのものだという見方もあります。悪魔よりも人間のほうが恐ろしいという構図を、逃げずに描いたのがここだ、という読み方です。

どちらの受け取り方も、同じ場面を読んだうえで出てきたものです。残酷だから失敗した、とは言い切れないのが、この作品の評価が割れ続ける理由になっています。

人類が滅び、主人公も死んだまま終わること

二つめは、救いが用意されないことです。人類は滅亡し、主人公も生き返りません。読者が感情を預けた対象が、ほぼすべて失われます。

とくに引っかかるのが、サタンの謝罪が届かない順序です。話し終えたときには明が息を引き取っていた、という書かれ方をしています。和解の一歩手前で止める構造になっています。

ここも評価が割れます。救いが無いから読後感が悪い、という声と、救いを置かなかったから半世紀たっても語られている、という声が並びます。

長期連載の最終回に慣れた目で読むと、あまりに何も残らないように見えます。1970年代の少年誌に載っていたことを踏まえると、印象がまた変わります。

主人公が生き延びて日常に戻る形の結末を期待して読むと、落差がそのまま不満になります。逆に、最初から救いを用意しない話として読めば、筋は通っています。

どちらの読み方が正しいというより、何を期待して最後のページを開いたかで評価が決まるタイプの結末だと言えます。

終盤の展開が速いという声

三つめは速さです。飛鳥了の正体が明かされてから、悪魔狩り、牧村家の惨劇、20年後のアーマゲドンまでが、短い分量で一気に進みます。

とくに「20年ののち」という飛び方は、読んでいて置いていかれる感覚が強い部分です。20年のあいだに何があったのかは、本編では語られません。

そのため、説明が足りないという受け止めが生まれます。もっと巻数があれば違ったのではないか、という声も見られます。

ただし、連載が予定より早く終わったことを示す公表を、本記事では確認できませんでした。速さの理由を外側の事情に求める説明は、いまのところ裏づけが取れていません。

読み方を変えると、この速さは効果としても働いています。前半で丁寧に描かれた日常が、後半では止める間もなく壊れていく感触が出るためです。

物足りなさとして受け取るか、加速そのものを結末の表現として受け取るか。同じ展開が、読者によって欠点にも仕掛けにも見える場所になっています。

決着がつかないまま終わること

四つめは、終わり方そのものです。天使の軍団が迫っているところで幕になります。何が来たのか、どうなるのかは描かれません。

物語としては投げ出されたように見えます。勝敗も、その先の世界も、読者の側に残されたまま幕が下ります。

この余白を評価する読者もいます。デーモンと人間の戦いが終わっても、また次が始まるという構図が、作品の主題と重なるためです。

一方で、答えを期待して読んだ人には落差が大きい終わり方です。「ひどい」という言葉が、続きが無いことへの落胆として使われている場合も少なくありません。

わかりにくいのは、この余白が意図的なものだったのかどうかが確かめられない点です。作者や編集部がこの終わり方について説明した一次資料には、本記事では届きませんでした。

そのため本記事では、未完だったとも、意図した幕引きだったとも書いていません。描かれた1ページがどう見えるか、というところまでを扱っています。

結末の意味がわからないと言われる理由|考察の分かれ目

解釈が割れるのは、作中で説明されなかった要素が最後に固まっているためです。とくに「天使の軍団」については、目的も正体も語られません。

一つめの読み方は、次の戦いの始まりを示す合図というものです。サタンがかつて創造主と戦ったと語っているため、その続きが来たと受け取れます。

二つめは、サタンへの報いを示す場面という読み方です。人類を滅ぼした側に、今度は上位の存在が向かってくるという対称の構図として読めます。

三つめは、明の死を際立たせるための背景という読み方です。サタンが涙を流した場面のすぐあとに置かれているため、その孤独を強調する効果として受け取れます。

筆者にはこの三つのどれもが成立するように見えますが、作中に答えは書かれていません。ネット上には目的を断定する説明も見られますが、出どころとなる一次資料を本記事では確認できませんでした。

シラベエ
シラベエ

解釈が分かれるところを、無理に一つにまとめない書き方をしました。

読者としては、正解が知りたい気持ちも残るのですが。

全巻くん
全巻くん

その気持ちは自然だよ。でも作者が書かなかったものを、あとから誰かが決めるのは違う気がするんだ。

分かれること自体が、この最終回の性質なんだと思う。

読み終えたあとに自分で決められる余白だと考えると、少し見え方が変わるよ。

デビルマンの最終回は打ち切り?よくある誤解とあわせて検証

『デビルマン』の最終回については、確かめられることと確かめられないことが混ざったまま語られています。ここでは判定を分けて整理します。

よく語られる説本記事で確認できたこと判定
打ち切りで終わった編集部・作者が打ち切りを公表した記録は確認できなかった断定できる材料なし
テレビアニメは漫画版のアニメ化原作とアニメ化の関係ではなく、同じ基本設定から作られた別の作品とされる誤解
テレビアニメにも飛鳥了が出るアニメに飛鳥了は登場せず、容姿の似た別のキャラクターが出る誤解
実写映画の結末が原作の結末実写映画は2004年公開の別作品で、漫画版とは別に作られている誤解

いちばん多く見かけるのが打ち切り説です。ただし、打ち切りだったと断定できる材料も、打ち切りではなかったと断定できる材料も、本記事では確認が取れませんでした。

分かっているのは、連載が1972年25号から1973年27号まで、全53話で終わったという事実です。それ以上の事情を示す一次資料には届きませんでした。

ウィキペディア日本語版の概要は、作品が黙示録的な内容へ変わっていった理由として、読者層が大学生まで広がっていたことと、作者の描きたいテーマを深めたいという希望を編集部と同意したことを挙げています。

作者自身も『激マン! デビルマンの章』で連載当時の経緯を描いていますが、この作品はフィクションを含むと明記されています。そこに描かれた場面を、そのまま事実として引くことはできません。

アニメとの関係も誤解が多い部分です。ウィキペディア日本語版によれば、両者は「同一の基本設定を使用して描かれた2つの作品」という関係に近く、作者自身がそう指摘しているとされています。

シラベエ
シラベエ

打ち切りかどうかを言い切らない、というのは記事としては歯切れが悪いですね。

それでも書かなかったのは、どうしてなんでしょうか。

全巻くん
全巻くん

確かめていないことを言い切ると、あとで一か所ほころんだだけで全部が疑われるんだ。

分かっているのは、53話で終わったという事実まで。

そこから先は、確かめられたときに書けばいいと思うよ。

デビルマンのアニメ版の最終回はどう違う?

※この章には、テレビアニメ版の結末に関するネタバレが含まれます。

テレビアニメ版は、東映アニメーションの公式ラインナップによれば1972年7月8日から1973年3月31日まで、NET系で毎週土曜日20時30分から放送されました。全39話です。

項目漫画版テレビアニメ版
主人公の成り立ち人間の不動明がデーモンのアモンと合体デーモンのデビルマンが不動明に成り代わる
飛鳥了物語の中心。正体はサタン登場しない。容姿の似た別のキャラクターが出る
ヒロイン牧村美樹。終盤で暴徒に殺される牧村ミキ。最終回でも失われない
話の形連載が進むほど黙示録的な大河へ原則として一話完結のヒーローもの
最終回人類滅亡後のアーマゲドン第39話「妖獣ゴッド 神の奇蹟」

いちばん大きな違いは、主人公の成り立ちです。ウィキペディア日本語版によれば、アニメ版の不動明は体も意識もデーモンに乗っ取られているという設定で、漫画版とは向きが逆になっています。

最終回の中身も別物です。東映アニメーションの公式ラインナップによれば、第39話では羽田空港にバベルの塔が、銀座にスフィンクスが出現します。現れた妖獣ゴッドは、ミキに正体をばらされたくなければ邪魔をするな、と明に迫ります。

マグミクス(本記事ではInfoseekニュース掲載分で確認)によれば、この回でゴッドは消滅し、人間の姿に戻った明にミキが変わらぬ信頼を示して終わります。ヒロインは死なず、人類も滅びません。

さらにややこしいことに、当時のアニメの最終回は放送局によって違いました。同じ記事は、テレビ朝日(当時のNET)と系列局では第38話が、それ以外の地方局では第39話が最終回として放映されたと伝えています。

理由はプロ野球中継との重なりだったとされています。同じ番組を同じ時期に見ていても、どこに住んでいたかで最後に見た話が違ったことになります。

「デビルマンの最終回はひどい」という言葉に多くの人が驚くのは、この落差があるからです。アニメ版を先に見た人ほど、漫画版の終盤で受ける衝撃が大きくなります。

シラベエ
シラベエ

同じ時期に、同じ名前で、まったく違う話が進んでいたわけですね。

当時の子どもは、どちらが本物だと思っていたんですか。

全巻くん
全巻くん

どちらも本物、というのが正解に近いね。片方をもう片方の下に置く関係じゃないんだ。

テレビは毎週の楽しみ、雑誌は読み進めるほど怖くなる読み物。

同じ看板で、役割の違う二本が走っていたと考えてみて。

実写映画版が「ひどい」と言われる理由|DEVILMAN crybabyとの違い

※この章には、実写映画版と『DEVILMAN crybaby』に関するネタバレが含まれます。

漫画版の結末は、長いあいだ映像で描かれてきませんでした。それが変わったのが2018年です。

媒体公開・配信話数・尺結末の扱い
漫画版1972年〜1973年全53話人類滅亡後のアーマゲドンで幕
テレビアニメ版1972年〜1973年全39話別の物語として決着(前章参照)
OVA『AMON デビルマン黙示録』2000年OVA原作終盤の暗い展開を扱う
実写映画『デビルマン』2004年10月9日116分漫画版とは別に作られた映画
『DEVILMAN crybaby』2018年1月5日Netflix配信公式が「原作の結末まで」を掲げた

実写映画版は2004年10月9日公開で、監督は那須博之、脚本は那須真知子、配給は東映です。不動明を伊﨑央登、飛鳥了を伊﨑右典、牧村美樹を酒井彩名が演じました。

ウィキペディア日本語版によれば、制作費10億円に対して興行収入は5.2億円でした。同項目は、批評家の前田有一が100点満点中2点としたことや、2004年度文春きいちご賞1位、第1回蛇いちご賞の受賞も記載しています。

「デビルマン ひどい」という言葉の一部は、この実写映画に向けられたものです。漫画版の最終回の話をしているのか、映画の話をしているのかで、指しているものがまったく違います。

『DEVILMAN crybaby』は2018年1月5日にNetflixで全世界同時配信されました。監督は湯浅政明、シリーズ構成は大河内一楼、アニメーション制作はサイエンスSARUです。

公式サイトは「かつて幾度も映像化されるも、原作の結末までを表現できた作品はなかった」と紹介しています。あくまで公式の紹介文ですが、漫画版の結末を映像で追えるのはこの作品だ、という位置づけです。

配信の発表時、作者の永井豪はシネマカフェの記事で「まず一番に思ったのは『最後まで描いてくれるの?』でした(笑)」とコメントしています。

※2026年8月時点の情報です。配信状況は変わるため、視聴の可否は各サービスの公式ページで確認してください。

シラベエ
シラベエ

ひどいという言葉が、映画のほうを指している場合もあるんですね。

これは検索していても、なかなか気づけない気がします。

全巻くん
全巻くん

そこは本当に紛らわしいところだね。年代を見ると分かりやすいよ。

2004年の話をしているなら映画、1973年の終わり方の話をしているなら漫画版。

同じ言葉でも、指しているものが20年以上離れているんだ。

「ひどい」だけじゃない|救いを置かなかった結末を評価する声

「ひどい」で検索してたどり着くと、否定的な声ばかりが目に入ります。実際には、同じ場面を高く評価する読者も少なくありません。

論点「ひどい」と感じた理由評価する側の理由
ヒロインの最期少年誌としてあまりに直接的人間の恐ろしさという主題から逃げていない
救いの無さ何も残らないまま終わる安易な救済を置かなかったから残った
決着の無さ天使の軍団の正体が分からない戦いが終わらないという構図そのものが主題

争点は同じで、受け取り方が逆になっているのが分かります。どちらも作品を読んだうえでの反応であって、片方が読み違えているわけではありません。

数字の面では、単行本の発行部数は累計5,000万部です。2017年3月のシネマカフェの記事で紹介された数字です。

作品の影響については、『DEVILMAN crybaby』公式サイトの「系譜」ページが分かりやすい資料になります。『ベルセルク』『進撃の巨人』『寄生獣』『東京喰種』『新世紀エヴァンゲリオン』などが、この作品と並べて掲載されています。

同じ世界の作品が半世紀にわたって作られ続けてきたことも、評価の一つの形です。『バイオレンスジャック』から『デビルマンサーガ』の2020年完結まで、断続的に書き継がれてきました。

シラベエ
シラベエ

批判と評価が、同じ場面をめぐって出てくるというのが不思議です。

この差は、どこから生まれるんでしょうか。

全巻くん
全巻くん

何を期待して読んだか、だと思うよ。ヒーローものの決着を待っていた人には裏切りに見える。

人間を描く話として読んでいた人には、最後まで筋が通っているように見える。

同じページなのに、入口が違うと出口も変わるんだ。

漫画版デビルマンは今から読む価値がある?伝聞と実際の落差

結論から言うと、結末の評判を先に知ってしまった人ほど、自分で確かめる意味があります。伝聞と実際の印象が、かなり離れる作品だからです。

向いている人向いていない人
後味の悪い結末でも自分で判断したい人読後にすっきりしたい人
後年の作品の元をたどりたい人直接的な暴力描写が苦手な人
短い分量で長編級の重さを味わいたい人明るいヒーローものを期待している人

分量の面では読みやすい作品です。講談社漫画文庫版なら5冊で、週末の二日もあれば読み切れます。長期連載を追いかける負担はありません。

一方で、描写ははっきりしています。終盤には拷問や惨殺の場面が出てくるので、そこが苦手な人には向きません。無理に通す種類の作品ではないと思います。

すでに結末を知っている人にとっても、読み直す価値はあります。ホラーとして始まった序盤が、後半の展開を知ってから読むと違って見えるためです。

これから読む人は、評判を調べるのを読み終えたあとに回すほうが体験としては良いはずです。この記事も、その順番を崩さない範囲で使ってもらえたらと思います。

シラベエ
シラベエ

読む前に結末を知ってしまった人には、どう伝えるのがいいでしょうか。

もう手遅れだと感じてしまいそうで。

全巻くん
全巻くん

そんなことはないよ。この作品は、結末を知っていても十分に効くんだ。

序盤の一つひとつの場面が、二度目はぜんぶ違って見える。

むしろ知ってから読むほうが、拾えるものが多いくらいだと思う。

同じホラー・サスペンスの完結作として、がっこうぐらし!の最終回も検証しています。

よくある質問

Qデビルマンは全何巻で完結しましたか?
A連載は全53話で、1973年6月に終了しました。単行本の巻数は版によって違い、講談社漫画文庫版は全5巻です。
Qデビルマンの漫画版の最終回はどんな結末でしたか?
A人類が滅んだあとの最終決戦アーマゲドンで不動明が息絶え、正体がサタンだった飛鳥了が涙を流すところで終わります。天使の軍団が迫って幕です。
Q最終回は本当に「ひどい」のですか?
A残酷さや救いの無さを挙げる声がある一方で、主題から逃げていないと評価する声もあります。どの場面を指しているかで受け取り方が変わります。
Qデビルマンは打ち切りだったのですか?
A編集部や作者が打ち切りを公表した記録は、本記事では確認できていません。全53話で連載が終わった、という事実までが確かめられる範囲です。
Q最終回のその後は描かれていますか?
A本編に後日談はありません。ただし『バイオレンスジャック』が破滅後の世界を舞台にしており、終盤で『デビルマン』の続編であることが明かされます。
Q牧村美樹の最後はどうなりますか?
A悪魔狩りのさなか、暴徒と化した町の住人たちに殺されます。ウィキペディア日本語版には、その後に不動明の手で頭部だけが埋葬されたと記されています。
Qテレビアニメ版の最終回も同じ結末ですか?
A違います。テレビアニメ版は全39話で、第39話は「妖獣ゴッド 神の奇蹟」です。ヒロインは死なず、人類も滅びません。放送局によって第38話が最終回だった地域もあります。
Q漫画版の結末を映像で見られる作品はありますか?
A『DEVILMAN crybaby』が該当します。公式サイトは、原作の結末までを表現した作品としてこれを紹介しています。

まとめ|デビルマンの最終回と結末【全53話】

漫画版『デビルマン』の最終回は、人類が滅んだあとのアーマゲドンで不動明が息絶え、正体がサタンだった飛鳥了が涙を流すところで終わります。謝罪は届かず、天使の軍団が迫る場面で幕が下ります。

「ひどい」と言われているのは、作品全体ではありません。悪魔狩りが始まってから最後までの終盤、とくに牧村美樹が殺される場面に集中しています。

打ち切りだったかどうかは、断定できる材料が見つかりませんでした。確かめられるのは、1972年から1973年にかけて全53話で連載が終わったところまでです。

版の違いも押さえておきたい点です。テレビアニメ版はヒロインも人類も失われず、2004年の実写映画はまた別の作品として作られました。公式が「原作の結末まで」を掲げたのは『DEVILMAN crybaby』です。

批判も評価も、同じ場面を読んだうえで出てきた自然な反応です。評判の外側には、半世紀にわたって同じ世界の作品が書き継がれてきたという事実があります。

シラベエ
シラベエ

ここまで整理しても、最後は読む人しだいという話に戻ってきますね。

これから読む人に、ひとことだけ選ぶとしたら何を伝えますか。

全巻くん
全巻くん

ひどいと言われているのは、いちばん最後の展開のことなんだ。

そこにたどり着くまでの道のりは、まったく別の手ざわりで進んでいる。

評判を確かめるのは、読み終えたあとでも遅くないよ。

調査メモ

いちばん手が止まったのは、巻数と話数の書き方でした。上位に出てくる記事の多くが「何巻の何話」と書いているのですが、その根拠にたどり着けなかったのです。

講談社の商品ページには収録話の目次が載っておらず、しかも版によって全5巻と全4巻が並んでいました。そこで本記事では、巻と話を特定した書き方をやめ、場面で示す形に統一しました。

次に迷ったのが、打ち切り説の扱いです。「アニメの終了に合わせて連載も早く終わった」という説明は何度も見かけましたが、作者や編集部の言葉そのものには届きませんでした。

作者自身が『激マン! デビルマンの章』で当時の経緯を描いているのですが、この作品は「ノンフィクションにきわめて近いフィクション」と銘打たれています。そこから事実を取り出すことは、わたしにはできませんでした。

もう一つ見送ったのが、天使の軍団の目的です。目的を断定している説明はいくつも見つかったのですが、出どころとなる資料が示されているものは一つもありませんでした。読み方を三つ並べるだけにとどめています。

参考資料

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